私たちは日々、当たり前のように水をいただき、その恵みの中で暮らしています。でも、その水に心を寄せる時間は、実は多くはないのかもしれません。
茶の湯は、一碗のお茶を通して人と向き合う文化ですが、その一碗を支えているのは、まず水ではないでしょうか。
唐の陸羽が著した『茶経』には、水を選ぶことの大切さが繰り返し記されています。その精神は日本へと受け継がれ、茶人たちは各地の名水を訪ね、その土地の風土や自然を慈しみながら、一碗の茶を育んできました。そうした心を今に伝える室礼の一つが名水点です。
名水点とは、名水でお茶を点てることだけを指すのではありません。その土地に湧く水を迎え、その恵みに感謝し、客がともに自然へ心を寄せる時間を作ることではないでしょうか。つるべ形の生地水指に清水をたたえ、御幣を添えて静かに据える。その姿には、水を単なる資源としてでなく、命を育む神聖な存在として迎える、日本人の自然観がにじんでいるように思います。
今回、桜雲洞では、周南市に伝わる二つの名水、金明水と金剛水を自ら汲みに訪ねます。

金明水
四熊ヶ岳の麓に湧く金明水は、地域の人々に大切に守られてきた清らかな湧き水です。熊坂峠の金剛水は、石仏が寄り添い、弘法大師の伝承も語り継がれる霊泉として、今なお多くの人々の信仰を集めています。その場所に立ち、水をいただくと、不思議と水だけではなく、風や香り、人々の祈りまでも胸に宿るような気がします。

金剛水
今回ご一緒いただく水中写真家の方もまた、長年水と向き合い、その表情を見つめ続けてこられました。茶人は一碗の水に心を澄ませ、写真家は水の中に広がる命の営みに目を凝らす。その表現は異なっていても、水への敬意という一点で、静かにつながっているように感じています。この日の名水立ては、お茶を味わうだけでなく、山から湧き、川となり、海へと還っていく水の旅路に思いをはせる時間になればと願っています。一碗のお茶を手にしながら、その一滴の向こうに自然への感謝と、人から人へと受け継がれてきた文化の豊かさを、そっと感じていただけるなら、これほど嬉しいことはありません。そして、お帰りのころには、水を見る目が少しだけ変わっている。そんな一日になればと願っています。