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003. -ソロ活の正義

 

目覚ましがなければ早起きなんてできないのに、外が明るくなるころには目が覚める、旅先ではいつもそうだ。
この日もそうで、部屋の小窓からまだ日の当たらない川の流れをぼんやりと眺めたあと、散歩にでかけた。

何隻もの船がゆったりと揺れる川べりのその先に続く昔ながらの街並みは静かながらも、商店のいくつかはすでに引き戸が開いていて、その奥から開店支度をする音が聞こえてくる。
鳶の鳴く声につられて空を見上げ、あぁ、今日もきっといい一日になるなぁ…なんてぼんやりと思いながら出会った野良猫数匹におはようを言う頃には、自転車や車が少しずつ少しずつ行き交いはじめた。


初めて訪れる町が目覚めていく様子にホッとするのはきっと、非日常であるはずのその朝がまるで、私の日常になってくれたかのような軽い錯覚に陥るからだし、少し切なくも思えるのは心のどこかで、こんな町での穏やかな暮らしに憧れているからかもしれない。

何となく歩いていると商店街に行き当たり、アーケードから大通りへと出たところでレストランを見つけた。
古びたショーケースに食品サンプルで作られた年季の入った定食がいくつか並んでいて、特にお子様ランチの出来栄えがとても良い。
四角い看板が店の入り口にグッと寄せられていたから、今日はお休みだろうかと店内を伺おうとしたところへおばちゃんが出てきて、よいこらしょ、と看板を店の前へと動かした。
開店は11時だと教えてもらった。

 

宿に戻って荷物をまとめ再びレストランの入口に立つと、店内からパワフルな子供の声が聞こえてきた。
その声を上手になだめながら水を運ぶおばちゃんを背後に私は席に着き、イタリアンスパゲティと、追ってレモンスカッシュを注文した。

レモンスカッシュをオーダーすると、いつも少しドキドキする。
父や母がボウリングにはまっていた時期があって、保育園とか幼稚園生だった私もよく連れられて行き、ボウリングの後にはそこに併設された喫茶店に寄るのがきまりで、私はいつもレモンスカッシュを注文していた気がするのだ。
その隣で父や母が何を話していたかちっとも憶えていないのはきっと、ひしめきあう氷の奥にあるさくらんぼの茎をストローに通し、うまい具合に引っ張り上げて食べるのに一生懸命だったからだと思う。



「はい、お待たせ~」
私の前に運ばれたレモンスカッシュは、フレッシュなレモンの輪切りが1枚、さくらんぼこそ入っていなかったけれど、まさにあの時の味だったのだ。
小さく感激しながらふと、カメラ好きだった父が、まだ小さな私が重たいボウリングの球を両手で抱えて大きなレーンに向かって転がす姿を撮った写真がアルバムに収められていたことを思い出したが、でも、今私の手元に残された数冊のアルバムにその写真はないはずで、きっと両親が山口に越してくるときに処分したであろうことに気が付いた。


隣の席で世間話をしていたご年配の男女が「おばちゃん、アイスクリーム」と無愛想な注文をしたその向こう側では、子連れ夫婦の席におそらくお子様ランチが運ばれたのだ「すごーい!すごいね!!」と歓声に近い声がする。

これらの光景のどれもがきっと、おばちゃんが嫁いで来て50年、その前に20年はやってきたこの店の日常なのだと、私はまた少しホッとした。

 

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