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ローリング・シックスティーズ その1 「東西肉麻文学考」

第一次大戦後のアメリカでは社会、芸術、文化が力強く変動した。これをRoaring Twenties(狂乱の20年代)と呼ぶ。一方日本では、第二次大戦大戦後の1960年代、社会的、文化的、芸術的爆発が起きた。本シリーズでは私が60年代の青春期に夢中になった、カウンターカルチャーを中心に書いていこうと思う。

 

私が本格的に“ポルノグラフィ”に接した最初は高校生のとき。「千夜一夜物語」だ。全編読んだことが無い人は、「シンドバッド」や「魔法のランプ」がなぜポルノなのか訝るだろう。だが、シャーラザッドがシャーリヤル王に夜毎ベッドの中で語る寝物語はエロス満載だ。多くの異本がある中で特にエロス色が濃いと言われるリチャード・バートン卿によるバートン版の大場正史全訳が1967年から68年にかけて出版されたとき、あまりの面白さに、つまらない授業の間、教科書の下に隠しながら全10巻を読了した。

以後、高校から大学にかけて、随分ポルノグラフィを読んだ。ざっと思いつくまま上げると、「悪徳の栄え」(マルキ・ド・サド)、「毛皮のヴィーナス」(ザッヘル・マゾッホ)、「一万一千本の鞭」(アポリネール)、「マダム・エドワルダ」(ジョルジュ・バタイユ)、「城の中のイギリス人」(マンディアルグ)、「我が秘密の生涯」(作者不詳)、「ファニー・ヒル」(クレイランド)(中国四大奇書の一つ「金瓶梅」はその長大さに恐れをなして、未だに読んでいない)。これら名作の翻訳者は、澁澤龍彦、出口裕弘、生田耕作、田村隆一など第一級の文学者や詩人たち。こうして並べてみると、ポルノグラフィというよりは異端文学、もう一つの文学史と言った方が良いかもしれない。

これらの多くから見え隠れするのは、ある種の明るさ、ネアカな作者の貌だ。性に目覚め始めた子どもが猥談をするような無邪気さがある。ポルノグラフィは作者のインファンテリズムが書かせるような気がする。

一方、私は“官能小説”と呼ばれる日本のポルノはほとんど読んだことが無い。ネクラのイメージがあるからだ。

だが、後に私はある奇書に出合う。その名も「官能小説用語表現辞典」(永田守弘・編)。これを手にしてびっくりした。編者は600冊を超す官能小説を読破し、ピックアップした2,300語を項目ごとに分類した。どれひとつとして類似した表現が無い。日本の官能小説作家たちは、真の意味で言葉のプロフェッショナルだ。

私がこれまで読んできたポルノグラフィの面白さは、その物語性にあった。だが日本の官能小説は、ひたすら細部の描写にこだわる。特に圧巻は“オノマトペ”。これは海外のポルノグラフィにはまず無い。実際にコトの最中、そんな音を聴いた人は皆無だろうが、これによって“肉麻”(ろうまあ=中国語でいやらしさ)性は頂点に達する。

そこで私はあることに気付いた。これは西洋音楽と邦楽の特性の違いによく似ている。西洋音楽が音と音との弁証法的関係が発展していく物語性にあるとしたら、邦楽は一つの音に込められた響きの豊饒さを求める。官能小説には、日本音楽の特性が、まさに隔世遺伝的に引き継がれているのではないだろうか。オノマトペがその最たるものだ。

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