
秋になると、毎年ちゃんとチョコレートが食べたくなる。
先日、無性に肉が食べたくなってスーパーへと走った。
だから私は1秒でも早く肉売り場に到着しなければならない、お菓子売り場は横切っただけのはずが横切っている最中に「チョコレートが食べたい…」との衝動的感情にかられてしまった。
足を止め、ずらりと並ぶチョコの前を行ったり来たりした末に、4種類もカゴに入れていた。
結局、肉ではなくチョコの方がカゴの面積を占めていたし、肉よりもチョコの方が高くついたのだが、おかげで私の心は一気に秋めいて、「秋だねぇ…恋の季節だねぇ…」などと心の中で目を細めてしんみりした。
そういえば父や母は、チョコレートを食べる人たちだったのだろうか、そもそも甘いものは好きだったのだろうか。
私が幼い頃から事業をやっていた両親は、当時暮らしていた玄関からすぐの部屋を応接室兼事務所として使っていて、部屋に入って一番奥、摺り硝子の半窓に沿ってスチール製でグレーの事務机が2台、隣り合わせに並んでいた。
一度家を出たら何日もかけて全国を飛び回っていた父の席はいつも空いていて、私はよく母の隣で、机と同じ色をしたグレーの椅子に座ってキュルキュル鳴らしながら回転してみたり、穴あけパンチをカチャカチャ言わせながらひたすら紙に穴を開けてみたり、チェックライターをガチャンガチャンと響かせながら何度も紙に打刻したりした。
デスクに備えられた事務用品の中に、12色入りの色鉛筆があった。
黄色いパッケージに、色鉛筆を持つ人の手と、青色で‘Colored Pencils’の文字が印刷されていて、その、色鉛筆を持つ人の手の部分が、ボールペンで几帳面に縁どられ、さらにはまるで定規でも用いたかと思わせるほどに等間隔の斜線が引かれていた。
私は幼いなりに、なぜこの落書きをしたのか母に尋ねた。
「人と電話をしながら描いた」と母は答えてくれた。
人と電話をしながら色鉛筆の箱に落書きする母の姿は私に、髪をくるくると指に巻き付けながら受話器の向こう側から聞こえてくる声に退屈そうな相槌を打つ、年頃の女の子をふわりと連想させるのだ。
あの斜線はいつ書いたのだろう、若い頃にタクシー会社で事務をしていたらしいが、その時に書いたのか、それとも、父と一緒に事業をするようになってからだったのだろうか。
「いただきます」と毎日手を合わせたはずの、花模様の白い食卓。
部活に疲れウトウトしてはいつまでも布団に入らずにいた、木目模様の炬燵。
父も座ったはずの、グレーの事務机。
あの頃の間取りやそこにいたはずの父や母の姿のどこにも、チョコレートは見当たらない気がするのだ。
