
確か小学低学年の夏、私を喜ばせようと父が、立派な雄のカブトムシを買って帰った。
平べったいクワガタとは真逆の、あの丸いフォルムのそれは、おがくずと共に透明パックに入れられていた。
私は父に、クワガタは好きだけれどカブトムシは大嫌いだ!と主張したが、カブトムシもクワガタも同じだというのが父の言い分で、私は居間にそれを放置したまま二階の自室で床に就いた。
翌朝、カブトムシはすでに脱走済みで行方不明、飼う羽目にならなくて安堵したことを憶えている(今思えば、家の中のどこかにいたかもしれない…)。
小学2年生の終わりの文集、’将来の夢’ の欄に、’アイドル歌手’ と書いたけれどそれは、なりたいものがなかったからクラスメイトの真似をして書いただけだった。
中学生の頃には大工・左官・自動車整備士・花火師のどれかになりたくて「高校には行かない」とゴネて担任の先生を困らせたりもした。
特に自動車整備士になりたかったのだけれど、結局はどれにもならなかった。
あの頃の私がどんな未来を思い描いていたのか、よく憶えていない、おそらくは、さほど描いてもいなかった。
‘結婚’に憧れて結婚し、案の定数年後には離婚、その後新しくできた家族のことや父からの事業継承などにエネルギーを注ぎ、それが済んだかと思えばアレやコレ。
私の人生はなぜか、いつだって何かと忙しくて、そうこうしている内に出来上がったのが今の私だ。
こじ開けるようにしてやっと手に入れ、ほんの少し光が差したかと思えば再び閉ざされた可能性。
やっと見つけて手のひらでそっと包み込もうとした瞬間、指の隙間から零れ落ちてしまったしあわせ。
現実を振り切ってでも貫きたかった恋心。
どうしようもないそれらは、私の心に穴を開けた。
どのくらいの大きさの、どのくらいの深さの穴が開いているか、大体わかっている。
その穴を、ほかのもので埋めようとは思わない、なにかに八つ当たりしようとも、どこかへ置いてこようとも、放り出そうとも思わない。
私のここに、こんな大きさの、こんな深さの、穴が開いている、それでいいと思っている。
子供ながらに何かを経験しては知恵がつき、いつの間にか物事を自分の思うようにいかせたいと考えるようになったけれど、アレやコレがほんの少し私を大人にしてくれたのかもしれない、私は、思うようにいきそうもないことを都合よく諦める術を身につけた。
諦めがよくなると、人生成るように成るもんだな、と思うようになったし、やっと何となく地に足が着いてきた気がしないでもない、実際私の日々は、決して悪くない。
むしろそれなりに上手くいっていて、今が一番良くて、今の自分が一番良いと思うのだ。
