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8.乃木忌

「乃木忌」
九月十三日
明治天皇の大葬が行われた大正元年九月十三日、乃木希典は妻・静子とともに自刃した。その死は当時の人々に大きな衝撃を与えた。そして、その出来事を文学の中に刻んだ作品の一つが、夏目漱石の『こころ』。

「先生」は、明治天皇の崩御と乃木大将の殉死を知り、自らの死について考える。

『こころ』を読み返すと、乃木の死そのもの以上に、一人の人間の死が、生きている人間の心の奥に入り込み、その後の生を揺さぶっていくことに気づく。

人は亡くなれば、この世から姿を消す。けれど、その人との関係まで消えてしまうわけではない。

ふとした言葉や匂い、季節の移ろい。昔よく食べたもの。何気なく耳にした歌。そんなものをきっかけに、もう会えないはずの人が、不意にこちらへ帰ってくることがある。

文学者の命日には、「忌」という名のついた日がある。

河童忌、桜桃忌、藤村忌、そして乃木忌。

一年に一度その名を暦に見つけ、作品を開き、その人について語る。そう考えると忌日とは、死を確認するための日というより、死者と再会するための日なのかもしれない。

もちろん、再会の日は命日だけとは限らない。

私にも、暦の中に、亡き人を近くに感じる日がある。

亡くなった実父の誕生日である。

父が亡くなってからも、その日は毎年やってくる。かつてなら「おめでとう」と言った日を、今は父のいない世界で迎える。

命日は、その人がこの世を去った日。

誕生日は、その人がこの世にやって来た日。

どちらも今となっては、父と一年に一度、暦の上で待ち合わせをする日のように思える。

今年もまた、その日が来る。

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