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第4回 二宮金次郎のどこが偉大なのか(1つ目つづき)

第3回でご紹介した茄子の味で飢饉を察知したというエピソードは、二宮金次郎の驚くべき洞察力と強烈な指導力を象徴していると思います。江戸時代は、武士の経済力を示す基準として石高が使われていたように、米が中心の経済(米本位制)でしたが、訪問した外国人達に黄金の国と言われたように日本には金銀が豊富だったので、江戸時代のはじめから金・銀・銭の三貨制による貨幣経済と米経済が並立していました。地獄の沙汰も金次第、という諺があるくらい金が大事だという感覚が江戸時代にもあったはずです。そんな貴重な金を獲得するための綿の苗を、「茄子の味がいつもと違う」という理由だけで、「抜き捨てよと」命じられ、「はい、そうですか」と村人達は応じるものでしょうか。よほどすぐれた指導者から言われたのでなければ、ふつうは反対すると思いませんか。二宮金次郎は、二宮金次郎像が書物を持っていることから分かるように大変な読書家だったのですが、一方で、注意深く自然を観察することによって自然法則を自ら体得することを何よりも重視していました。それがよくわかる二宮金次郎自作の歌をご紹介します。

音もなく香もなく常に天地は書かざる経をくり返しつつ

これは、二宮金次郎の弟子である福住正兄が書いた『二宮翁夜話』の巻の一の最初に登場する歌です。記録もなく書籍もなく、学ばずして明らかなる道が誠の道であり、書籍や経典に道を求める学者輩の論説はとらないのだ、と二宮金次郎は言っていたようです。
つまり、幼少期から農作業をしてきた二宮金次郎は、経験則によって茄子の味と土に異変があったら近い将来飢饉が来るということを身をもって体験し、知っていたのです。『二宮翁夜話』には、二宮金次郎が弟子たちに語った多くの言葉が書かれているのですが、次の箇所を読んだ時、私は驚愕し、圧倒されました。手が震えるほどに。

・巻の一の九  「我言う所必ず違はじ」

・巻の三の七九 「予が言ふ所必違はじ」

・巻の三の八七 「故に予が説く所は決して違はず」

他にも同様の表現が何か所か出てくるのですが、特に上記巻の三の八七では、儒教の教科書である経書や仏教の教科書である経典には癖があり、どれも完ぺきではない。なぜならそれらの教えを説いた孔子や釈迦も人間だからだ。一方で、書籍に書いてあるわけではないけれど、自然法則(不書の天地の経文)を引き当て(参考にし)、間違いないものを採用しているので、私が(二宮金次郎)が言うことは決して間違いない!!と彼は断言しているのです。

 

私が言うことは間違いない、私の言うとおりにすれば絶対にうまくいく。

 

はたして、ここまで自信をもって部下に語れる上司は世の中に存在するのでしょうか。ここまで断言できる指導者は、歴史上の人物の中でもなかなか見当たらないのではないでしょうか。

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