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布を通して世界を見る

布を通して世界を見ることは可能だろうか。
もちろん可能だ。
それだけではなく、布には全てのものが集約されている。
生活から習慣、あるいは情念、宗教心、哲学をもそこには内包されている。
織り目や縫い目の一つひとつに込められた何か。
それは、どの世界の人にも共通したものだ。

苧麻布 逆卍絣

 

残念ながら、日本では織物が過小評価されている。
西洋を見ればいい。テキスタイルは美術品の一つとして確固たる地位があり、国の研究機関や大学、私立施設、さらにはアマチュア同好会など多くの人々が織物に接触している。
現代では大半の人々は自身の着ている服ですら、どのような素材で、どこでどうやって作られたか知らない。知っているのは、メーカー名とサイズくらいのものだろう。
思えば、たった100年で人類の布への意識は激変したに違いない。
私達は幼き頃、機織りの音を聞いただろうか。
私達はガンディーのように糸を手紡ぎしている人を見たことがあっただろうか。
私達は母親が着物を手で縫っているのを見たことがあっただろうか。
それまでの家庭内工業は、産業革命によって所謂先進国から姿を消した。
日本も当然その波に飲まれ、織物は民藝から工芸になった。
大量生産大量消費の規格サイズを付けたユニフォームを我々は当然のように袖を通すようになったのだ。
西洋社会はその変革が早かったが故に、失ったものの大きさに気付くのが早かったのだろう。

葛布

 

私が布を触り始めた時、友人に言われたことがある。布は負け戦ですよ、と。
産業革命一番の花形だった布はもう決着が着いてますよ、と言うのだった。
だからこそ、布を選んだのだ。
負け戦ジャンキーとは私のことである。

大麻布藍染

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