JR新山口駅南北自由通路にある「垂直の庭」(2015)について書く。
新山口駅にパトリック・ブラン作品ができると聞いた当時、驚きと期待が。いや、驚きがかなり上回って「おぉ、おぉ、おぉぉぉぉ」としか言えなかった(と思う笑)。
パトリック・ブランは1953年パリ生まれ。独自に開発した緑化システムを使って建築の壁面などに植栽を施す芸術家であり、国立科学研究所の植物学者。2000年代には世界的な建築家とコラボレーションした数々の話題作が発表され、「建築×グリーン」、「アート×グリーン」といったイメージが世界中に波及した背景にはブランの存在は大きい。
日本でも当時は六本木に大型美術館や巨大商業施設、青山や表参道には国内外の有名建築家によるハイブランドショップがどんどん建っていた。そんな東京にできるならまだしも、「え!山口に!?しかも、新山口駅!?小郡(山口市と合併前の地名)よ!!」と。

小学校の低学年の頃、二つ下の弟と二人だけで山口市秋穂二島にあった祖父母の家に休みのたびに行かされた。山陽本線に1時間半乗った後に不安と心細さを抱えて降り立つのが当時の小郡駅だった。そこからバスで50分、さらに祖父母宅まで歩いて30分。乗り過ごしたら大変だし、駅前から間違えずにバスにも乗らないとならないし、よく知らない街だし。駅前には多くの路線が乗り入れ、子どもにとっては巨大なロータリー。見慣れない色のバスが唸りを上げて行き交い、ロータリーの一角にはキノコのお化けみたいなモニュメント。あれはなんだったんだろうか…。
それから高校卒業後は大学のご縁がなく、新山口駅前の「努力は実る」とデカデカと掲げた予備校に進学?し、寮で浪人生活。日本中が日韓共催のW杯で浮かれる中、駅から数百メートル圏内で全てが完結する軟禁生活。1秒もサッカーを見ることなく、様々なことを制約されたものの、そうなれば限られた自由を楽しむ訳で、駅のうどん屋やパン屋にたむろし、線路の反対側にあった焼肉の食べ放題で調子に乗って本当に吐くまで食べてみたり…。
いい思い出か悪い思い出か悲喜交々な新山口駅に、あのパトリック・ブランが来る!まさに「おらが街に」だった。

2013年初夏、ブラン自ら山口の自然の森に入り、多種多様な野生の植物を採取。中には山口の固有種も。採取後2年間育てた植物はおよそ140種17,000株が垂直の庭に植え込まれていった。
公共の建築空間でこれだけデザインされた瑞々しい緑の空間は日本では稀だ。特に駅の自由通路となると巨大なターミナル駅では、売店やカフェが入った賑わいの空間になることもあるが、地方駅では味気ない通り抜けるための通路空間、場合によっては、屋根が掛かったちょっとお金をかけた歩道橋といった場合も…。しかし、新山口駅ではハイパー南北自由通路!
思い入れのある場所の景色が変わっても、そこにいいけんちくがあれば、個人的な思い出も瑞々しいままに思い起こされる場所になるかもねというお話です。
