アジア、アフリカ、南米の赤道付近に広がる大森林「熱帯雨林」。僕は自然ドキュメンタリーを制作して30数年、この熱帯雨林で最も多くの時間を過ごしてきました。
フランスの人類学者クロード・レヴィストロースの名著「悲しき熱帯」。仏文学者で大の昆虫マニア奥本大三郎氏の旅行記「楽しき熱帯」。僕はこの両巨頭と張り合う気は毛頭ありませんが、ディープな熱帯の愉楽を折に触れてご紹介しようと思います。ただしディープ過ぎるので、閲覧にはご注意を!
アマゾンの熱帯雨林
肌着の中にノミ50匹、頭には無数のシラミ。体に疥癬。そして荒縄のムシロの上で皮膚病の犬を抱いて寝る。一卵性双生児の兄に恋人を横取りされた弟が、遠隔感応力を使って恋敵の兄をかゆみでのたうちまわらせ、初夜の床をぶち壊そうとする復讐譚。筒井康隆のショートショート「かゆみの限界」です。
ここまではいかずとも、これに近いことが、時として熱帯雨林では起こります。
熱帯雨林は、地球の全陸地面積のわずか6%を占めるに過ぎません。しかし、地球上の全ての生物種のおよそ50%がそこで生きていると推定されています。そのうち最も多いのが昆虫。だから熱帯雨林で一番よく出会うのはサルでも鳥でもなく、実は虫たちです。それも、金属光沢のモルフォ蝶や、15センチを超すヘラクレスオオカブトなどではなく、無数の吸血昆虫。
中でも最もポピュラーなのは蚊。熱帯の蚊は、刺されてかゆいだけでなく、マラリヤ、デング熱、黄熱病などを媒介します。実は僕も3回ほどマラリヤに罹りました(その高熱にうなされながらのナイトメアは別の機会に)。熱帯の旅行ガイドブックに、“マラリヤに罹らないためには、蚊に刺されないことだ”などと書かれていますが、蚊に全く刺されずに熱帯を旅するなどは、レノファ山口がハットトリックを決めてレアルマドリードに完封勝ちするより難しい。
人の血の匂いを嗅ぎつけて群がる蚊
虫よけスプレーは、主要成分であるディートの割合が高いほど効き目があります。しかし、かつて日本製は10%を超えるものがほとんどありませんでした(いまは30%くらいのものもあるようです)。ところが国によってはディート100%などという代物が売られています。僕はかつてアラスカのアーミーショップでそれを大量に買い(多分米軍がヴェトナム戦争のジャングル戦に持参したものの放出品)使っていました。これがすごい。塗った肌が熱くなるのは、皮膚呼吸が阻害されるからでしょうか?そして塗った手でプラスチックに触ると、溶けて指紋の痕が付きます。それでも、全く刺されないことはありません。多分汗ですぐに流れてしまうからでしょう。
蚊の他にも、アマゾンの熱帯雨林にはカラパト、ミクインという大小2種類のダニや、川で水浴びをするとき大群で襲ってくるピウンと呼ばれる微小な虫。我が美味なる血を求めて群がる虫には事欠きません。猛烈なかゆみをこらえきれず、爪を立てて掻きむしり、傷ついた肌にかゆみ止めのキンカンを塗りまくる。そのキンと沁みいるマゾヒスティックな快感。
地球で最も生物の多様性が高い環境、熱帯雨林。生きものたちはお互いに関係し合い、複雑精妙な生態系を形づくっています。かゆみの限界が全身を支配する時、自分もその生態系の仲間に加えてもらった喜びを感じる瞬間です。ハハハ
虫除けスプレーとかゆみ止めは身辺から離せない/全身ダニにやられた