遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声聞けば
わが身さへこそ揺るがるれ

「今様」と言えばこの歌が最も有名であり、私もとても好きな歌です。
「遊びをしようとして生まれてきたのだろうか?」なんて、なかなか鮮烈だと思います。
「今様」とは「今風・当世風」の意味。もとは「今様歌」と呼ばれ、平安時代中期から隆盛した当時の流行歌でした。(今の感覚に置き換えると、演歌を古風とするならば、今風なのがポップスでしょうか)
「今様歌」の初見は『紫式部日記』や『枕草子』の頃。『紫式部日記』には、楽器があまり上手くない若い公達が歌っている様子を面白く聞いた様子や、「今様歌」はあくまで若者が歌う歌謡として描写されています。『枕草子』には「今様歌」は長くて特殊な曲節だと書かれています。
それが百数十年後には、「今様」=「今様歌」を指す普通名詞となっているのですから、当時は流行りに流行ったことが想像されます。
やがて衰退した今様ではありますが、明治末から大正初めにかけて再び注目を集め、様々な詩人、歌人、作家にも影響を与えました。冒頭の「遊びをせんとや」の歌は特に好まれた様子で、本今様を引いた作品も多く作られています。
うつつなるわらべ専念あそぶこゑ巌の陰よりのびあがり見つ(斎藤茂吉)
一心に遊ぶ子どもの声すなり赤きとまやの秋の夕ぐれ(北原白秋)
おもてにて遊ぶ子供の声きけば夕かたまけてすずしかるらし(古泉千樫)
また、大河ドラマやアニメ等、白拍子や今様が出るシーンでは必ずと言って良い程用いられています。今期夏アニメ、世阿弥の少年時代を描いた『ワールド イズ ダンシング』(Cypic、2026年/三原和人原作、講談社、2021-2022年)1・2・12話にも出ていました。
これだけよく用いられるのは、その時々の「今」を生きる人々の感覚にも受け入れやすい歌だからではないでしょうか。
「遊び」と言っても、人さまざまな形、価値観、世界観があると思います。私にとって遊びとは。文化であり、豊かさであり、心(とお金…)の余裕であり、アジールであり、そして祈りであり。
「遊び心があるなあ!」と感じた物は大抵好きになってしまいます。遊びが人と人、或いは人と物を繋いでくれる時もあります。
無くても生きていけるかもしれないけれど、あった方が幸せ。…あ、やっぱり無かったら生きていけないかも。
「遊びをせんとや生まれけむ」ですからね。

(Photo by Nishimura)
参考文献:
後白河院、植木朝子編『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 梁塵秘抄』(角川学芸出版、2009年)
馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』(講談社、2010年)
