彼女がこの地を離れるまで、
あとわずかな時間しか残っていない。
それは大きな別れとして語られることはなく、
予定として、静かに共有されているだけだ。
彼女は海を渡って来た。
外から来た者として迎えられ、
ここで暮らし、話し、
この社会の中に確かな揺れを残した。
彼女がもたらしたのは完成ではない。
止まっていた関係が一度ほどけ、
考えが言葉になり、
摩擦を含んだまま流れ出した、
その過程そのものだった。

いま、
彼女はまだここにいる。
声も、姿も、存在感も、
失われてはいない。
それでも私たちは、
彼女のいないあとの時間を、
すでに思い描き始めている。
雪を手のひらにのせると、
まだ形は崩れず、
冷たさも確かにある。
いまはまだ、
溶けてはいない。
けれど、
日差しは少しずつ変わり、
その雪がいずれ水になることを、
誰もが知っている。
失われるのではなく、
次の季節へ移っていくのだということも。
彼女が去ったあと、
形も温度も消えるだろう。
だが、
清められた感覚だけは、
しばらくこの場所に残る。
春になるまでは
まだ時間がある。
雪は白く、
手のひらの中にとどまっている。
しかし、
その向こうに春があることを、
私たちはすでに感じ取っている。

「雪てぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるる鶯の聲」
2月15日は西行忌