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仙崎の街並みとみすゞブロンズ像 〈彫刻群島3〉

2025年冬の仙崎

 金子みすゞ(本名:金子テル、1903-1930)の詩は、教科書に載っていて口ずさんだような覚えがありますが、あぁそうか、山口のひとなんだと知ったのは、だいぶ昔に下関市の旧秋田商会ビル(1915年竣工)を見学した際、小さな物販コーナーのようなところにみすゞの詩集があって、手にとってぱらぱらめくると、それがあまりにも透明な言葉の音階のように構成された詩ばかりなので、はは〜っとなってしまった時のように思います。みすゞが勤めていた書店「上山文英堂」が下関にあったから、出身地である長門市に加えて、下関市も縁の地という訳ですね。

2016年冬の下関市の街並み(手前の建物が旧秋田商会ビル)
この国道の続く先に、上山文英堂があったようです。

朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰮の
大漁だ。

2023年秋の仙崎の海

浜はまつりの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。

「大漁」金子みすゞ (『童話』1924年4月号)

みすゞのやさしい言葉づかいや、小さなものに目を向ける視点は心を打ちますが、どこか天から地上を見透かすような悲しさが同居しています。

それでも「浜はまつりのよう」という表現に、にぎやかな仙崎の街の音が聞こえてくるようで嬉しく、暗い海を機敏に身を翻して泳ぐイワシの群れと、水揚げに湧く人々の活気が、強烈なコントラストになって押し寄せてきます。素晴らしい詩だなぁと思うと同時に、金子みすゞは周囲の“音”を聞くひとなのだろうという気がしてきます。

なぜそう思うかと言えば、みすゞ記念館から少し離れたところに、みすゞの銅像が建っているのですが、そのみすゞの姿が、そんな仕草をしているからかもしれません。改めてみすゞの肖像写真を見てもそんな気がします。目は見ているけれど、見ているのは目の前のものではないような、遠くで聞こえる音にはっとしているような、そんな気配です。

《金子みすゞブロンズ像》作者:小川幸造

リサーチしていないので、似ているのか似ていないかも分かりませんが、少女だったみすゞ(テル)の、女学校に通い、「金子文英堂」で本を読み耽り、お寺で仏様の教えを聞いていた頃の姿でしょうか。小川幸造(1953-)さんは本来なら、裸婦像を得意とする作家でしょうから、着衣というのは、どうも鑑賞が難しいような気がしますが、写真から似姿を起こした銅像というよりは、作者自身の表現にもなっているような、印象に残る作品だと思いました。できれば、こんな高い台座ではなく、目線に合わせて立っていてほしいものです。でもそんな台座に刻まれた題字は安倍晋三さんでした。ほかにも寄付者の方々のお名前がぎっしり。

2015年2月8日建立

この辺り一体、古い街並みが残っていて、港から金子文英堂(記念館)を通って、さらに続く路地へとぶらぶらと歩いたら、よい風情を味わえそうです。凝ったお店がちらほらOPENするなか、まだ改修中ですが、ここにギャラリー「Casa Oi」も加わりそうなので、次回はみすゞ通りメインで回ってみたいなと思います。

センザキッチンで売っていた「Casa Oi」オリジナルの鯨のしっぽ(*1)と仙崎古地図(*2)のトートバック 各1200円

(*1)仙崎は鯨漁で栄えた街です。鯨墓も有名です。
(*2)いまの仙崎をGoogleマップで見比べると、かなり違います。

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