「僕は魚が大好きなんです。お父さんが漁師だったから…」
小さな箱の上に小型船舶の識別番号の擦れたプレートとどんぶりに山盛りの枕飯。笑顔などない日焼けした遺影が目に入った。
瀬戸内海に浮かぶ島から連絡をもらってその家に行くことになった。ハワイ移民で有名なその島は近年都会からの移住者や別荘など俄かに盛り上がっていると聞いている。
橋を渡って広々した景色を見ながらのドライブは気持ち良い。地元のFMの電波悪く、周波数を合わせると海峡を挟んだ隣の県の知らない番組の知らない企業CMであった。
山を越えると海が広がり小さな漁師町。
風景とは裏腹に肩を寄せ合う様に長家の塊をナビが指し示していた。
車など入らない小道を歩きながら目的の名前を探す。
掲げられた表札は同じ苗字ばかりでわからない。玄関は開け放たれた家ばかり、微かな人の気配はあると同時に初めての来訪者を観察する視線も感じる。
程なくして私の名前を呼ぶ初老の男性の姿が見えた。
独り暮らしの生活。
家に入ると何かの研修の修了書が壁にかけてある、日付はコロナ前。
外国の紙幣や切手が綺麗に整理したアルバムを見せてもらいながら脈略のない国の話を聞く。共通する訪問国の話題を振ってみるが話は宙に舞う。
席を外されたタイミングにアルバムに挟んである紙を見る。古銭専門店からのレシート、旅行での思い出として持ち帰ったものではなく、小さい町で想いを膨らませる材料として購入している様子だった。
両親に愛され、親の職業を誇りに思い、生まれ育った町で人生の時間を過ごす。
車も携帯電話もないけれど、その家の前に広がる青い海が見えた。
少年が沖にむかって呼んだ
「おーい」
まわりの子どもたちも
つぎつぎに呼んだ
「おーい」「おーい」
そして
おとなも 「おーい」と呼んだ
子どもたちは それだけで
とてもたのしそうだった
けれど おとなは
いつまでもじっと待っていた
海が
何かをこたえてくれるかのように
高田敏子 『海』
8月8日は柳叟忌(りゅうそうき)民俗学者柳田國男の忌日。