山口県の山間で作陶をする崔在皓(チェ・ジェホ)という陶芸家がいる。令和4年 (2022)、氏の作品の展観、講演会が山口県萩市の老舗旅館 萩の宿 常茂恵にて行われた。
◆特別展観「白磁に生きる」崔在皓
・令和4年2月19日(土)〜2月27日(日)
◆崔在皓氏 講演会
・令和4年2月20日(日)
崔在皓氏は1971年韓国釜山生まれ。ソウル弘益大学陶芸科卒業。2004年から18年間、山口県周南市熊毛の地で白磁の作品を生み出し続けている。
今回は氏のこれまでの生い立ちや作陶生活についての話を聞くと共に、作品を直に触れることができる貴重な機会となった。
特別展観のテーマは、盛唐の大詩人李白の詩 「月下獨酌」。
「月下獨酌」 李白 「月下に獨り酌くむ」
花間一壼酒 花間一壺の酒
獨酌無相親 独酌 相親しむ無し
舉盃邀明月 盃を舉げて明月を邀え
對影成三人 影に對して三人と成る
月既不解飮 月は既に飮を解せず
影徒隨我身 影徒に我身に隨う
暫伴月將影 暫く月と影とを伴ひ
行樂須及春 行樂須らく春に及ぶべし
我歌月徘徊 我歌へば月は徘徊
我舞影凌亂 我舞へば影は凌亂
醒時同交歡 醒時 同じく交歡し
醉後各分散 酔後 各々分散す
永結無情遊 永く無情の遊を結び
相期遥雲漢 相期す 雲漢遥かなり
花の下で一壺の酒を、独りで酌んで相手は無い。
盃を挙げて明月の昇るを迎へ、(明月と)我と(月によってできた自分の)影とで三人に成った。
月はもとより酒を飲まず、影はただ我身に随いてゐるばかり。
暫く月と影とを引きつれ、春をのがさず行楽しよう。
我歌えば月はいざよひ、我舞へば影は乱れる。
醒めてゐる時は共に交歓し、酔うた後はそれぞれ別れ去る。
永く無情の交わりを結ばんと、遥かに天の河を指して再会を約する。
(出典 『漢詩選8 李 白』 青木正兒 著 集英社)
青木正兒(1887-1964)は山口県下関市出身の中国学者・中国文学者。日本学士院会員。
展観では二つの作品が展示された。白磁の器高と胴径がほぼ同じ球形の満月壺と黒磁の掛け花入だ。天空に浮かぶ新月と足元の水面みなもに浮かぶ満月という見立てである。
理想を追い求め、故郷から遠く離れた地で昼間は土や火と向き合い、夜は酒を飲みながら熊毛の山の中で快活に生きる崔在皓氏と李白の姿はどこか重なる。
氏の作品は独特の豊かな表情を湛え、氏の気色が作品に映し出される。まさに月の表面のようだ。
講演会では、氏の生い立ち、陶芸への想いを伺った。日本のやきものは産地という『場所』と切っても切れない関係にある。
私たちも日々、場所に囚われてしまうことがある。古代中国で生まれ、朝鮮で李朝白磁として隆盛を極め、その系譜に連なる白磁を、故郷韓国を離れ日本で生み出し続ける崔在皓氏からの「『場所』とは大切なものではあるが、自分が気持ちよく生きることができる場所が大切だと思う。努力次第で自分が選んだ場所も素晴らしい場所に変えることができる。」というメッセージは、萩焼で知られる萩市(近年は移住者希望者に人気)で開催された講演会で、そして蔓延防止措置が開けた後も地域ごとの感染者数を毎日気にしながら生活する時勢下において、心に響くメッセージだった。