月輪寺薬師堂について書く。
山口で設計事務所を始めて、都市部に比べれば多いとは言えない刺激や情報。悪いことではないし、「ここでやる」と決めているのでネガティブに思っていないが、それでも、自分にとっての刺激や情報をいかに享受するか。そんな折、松浦弥太郎の『センス入門』に、「重要文化財を訪ねよう」という項があった。いつも気になっていたよく通る道沿いの「月輪寺薬師堂」の看板。調べてみれば、重要文化財!センスを磨きたい浅はかな当時のぼくは、すぐ行きました。すぐ。
□ 石段・山門
急勾配の石段。一気に登っていく体感に伴って期待感・高揚感も、どんどん上がっていく。すると、(シャアのヘッドギアのような形状の)大きな屋根が載る山門が覆いかぶさってくるように現れる。こちらも見上げている。余計にダイナミック。おぉっ!と圧倒されながら、山門の正面に。薬師堂の一部が遠くに見える。アレだアレだと、見上げる首の痛みから逃れるように境内に踏み込むと、突然隠れていた薬師堂の大きな茅葺屋根が目に飛び込んでくる。ここで一つ大きな感動。演出が憎い。劇的な空間体験。
□ 参道
距離は長くないが、本堂に向かう求心性がとても強い。周りは樹木に囲まれ、眼前には薬師堂だけの印象に。周囲の雑念は排除される。参道は緩やかなスロープ状で、薬師堂に向かって少しずつ登っていく。参道脇の灯篭は、薬師堂に対しパース効果が高まるようにバランスよく配置、高さ調整されており、自然と視線が薬師堂へ誘導される。
一方で、参道の左手側にはいくつかの堂宇が並び、灯篭が対称に並ぶ訳でもない。薬師堂の目前には石塔が。これらが対称性や薬師堂への求心性を少し和らげ、意識や視線は誘導するが、厳粛になり過ぎず息苦しくない、いつの時代にそうなったか大らかな境内の雰囲気を、結果的に作る。
□ 薬師堂の屋根
そして、茅葺の大きな屋根。四隅の棟(角)の部分は曲面で、柔らかな印象。軒下の影で壁面が暗く隠れ、離れて見ると陽の光の当たる屋根面だけが目立ち、大きな茅葺の四角錐状の造形物がそこにあるだけのような感覚に。近づけば、屋根の下端の軒の先端が綺麗に刈り込まれ、スパッとエッジの効いた形状。面ごとの光の当たり方に強いコントラストが出る。そのスパッと切れた軒先の線、柱と柱を外側から繋ぐ横に水平に貼られた長押(なげし)、建物周囲の縁、三つの水平の線が、大きな屋根が地面から切り離された印象をさらに強める。質量感がありながらも浮遊感のある大きな茅の塊。とても不思議。
と言ったようなことで、月輪寺薬師堂、好きなけんちくだなと思っている。初めて訪れた時には、葺き替え時の黄味がかった色がまだ少し残っており、昼間の陽光を大屋根に湛え、光の塊のようなものが森の中に浮かんでいる光景にいたく感動した。それ以来、時間があれば立ち寄るようになった。
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月輪寺薬師堂…山口市徳地の小高い丘の上にある曹洞宗の寺院。平安時代後期の建立。国の重要文化財。一説によると、薬師堂の柱に残される無数の釘痕は呪釘の跡とのことで、、、心穏やかに静かに空間に身を浸すのが良いのだろう。