最低でも1日に1回は「ネパール行きたいな」と思うわたくし、ネパールを嫌いになるなんてことはあり得ないのですが、快適な国かというとまぁその逆で、現地ではそれなりに大変なことがあります。
美しきヒマラヤ山脈の麓というイメージがあるネパールでも、首都カトマンズなどは深刻な大気汚染の問題を抱えています。排気ガスや工場からの粉塵など原因は様々なようですが、盆地であることから地形的にも汚染物質が滞留しやすいようです。
わたしが愛してやまないのはそんなカトマンズの中心部でも心の臓といえる最雑多エリア。ボッタクリも野犬も大気汚染も分かった上で滞在することを選んでいるので、屋外ではなるべくマスクをするかストールで口元を覆うようにしていますが、それでも喉をやられてしまうことがありました。
「喉の調子が悪いんだよね〜」
ある日、行きつけの喫茶店で何気なしに言うと、その場にいた常連客のダイ(おじさん)たちがこぞってアドバイスをくれました。
「お嬢ちゃん、すぐ薬局に行って症状を言って薬を貰うんだ」「飴が売ってるからそれがいい」「ハニタスというシロップがある」「白湯が一番いいよ」。
熱々のハニー・レモン・ジンジャーをちびちび飲みながら「オーケー、わかった」と返し、一旦話が終わったかに思えたその時、端に座っていた寡黙なダイが「これを口に含んでおきなさい」 と何かを差し出してきました。
一同フリーズ。
「ダイ…なんなのこれ?漢方?それとも(法的に)アカンやつ?」
木の枝のようでもあり、特級呪物のようでもある。他のダイたちはあからさまに怪訝な顔をし、「…よくないよ、薬局行った方がいいよ」と耳打ちしてきました。
当のダイは質問には答えず、秘技を教えるかのように仰々しく「少し噛んで、口に含んでおけば治るから。寝るときもずっと口に入れておくこと。ひとつあげるから、やってみなさい」
と、言いました。
「わかったありがとう」
わたしが平らな目をして無感情に答えたのを察して、ダイは自らその欠片を口に含んでみせました。
「ほら、どうだ!」
他のダイたちが首を小さく横に振っているのを目の端で確認しつつ、この出来事がダイたちのコミュニティを破壊するきっかけになってはいけないと思い、とりあえず「ダンネバード(ありがとう)!また明日ね!」とその呪物らしきものを受け取ってそそくさと仏画の工房へ向かいました。
「師匠、見てこれ。喉にいいんだって」
と仏画の師匠に見せると、
「ん?なにこれ、不気味!さっさと薬局へお行き!」と一掃されて終わりました。
薬局へ行ったら行ったで見たこともないカラフルな色合いのカプセルを処方されて震え上がり、飲む勇気がなく師匠に泣きつくと硫黄のような香りの濁った汁(手作り)を差し出されてしまい、「この国には優しめのおくすりはないのか」と発狂しました。
海外では色んなことを経験するのも醍醐味ではありますが、さすがにおくすりは勇気いりますね。結局自己責任なので、呪物っぽいものを口に入れるもひとつの経験ではありますが、どうせなら美味しいものを頬張ってほしいというのが老婆心というものでしょう。
これは遺言にしてもいいぐらいですが─
「ネパールへ行く時はマスクと常備薬を忘れずに」。