カルチャー掘り起こしとくにもやまにも

文化情報サイト徳にも山にも ロゴ

特別公演『夢十夜』(原作 夏目漱石)イベントレポート

特別公演『夢十夜』(原作 夏目漱石)イベントレポート

特別公演『夢十夜』(原作 夏目漱石)

能楽師 安田登

チェリスト 新井みつこ

令和4年(2022) 10月1日

 

 

ゆっくりとした動き、低い声で朗々と発せられる謡。題材の多くは古典。何を言っているのかわからない。眠くなる。ハードルが高い。難しい。多くの人に共通する能に対するイメージだと思う。

 

実は様々な日本の伝統文化に、能の演目や世界観が影響を与えている。現代のものにも。例えば2021年に完結編の公開が話題になったエヴァンゲリオン。この作品の世界観には能に通じるところもあり、劇場版の『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序』、『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』、『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』と続いて、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で完結した。「序破急」とは、そもそも世阿弥の『風姿花伝』のなかで、明文化された言葉だ。いたるところで、能のエッセンスが散見される。能の知識があれば、様々なものがより楽しめて、理解が深まるだろう。

 

能楽師の安田登さんは全国各地で長年、不定期ではあるが「寺子屋」という活動を行われている。周南市でも以前から開催されており*、そのご縁から今回の特別公演が開催された。

 

安田さんはワキ方の下掛宝生流の能楽師であり、古典、音楽、ゲーム、3DCG、古代文字、風水、身体技能他、著作や活動の範囲は多岐にわたる。「NHKの100分de名著」という番組では『平家物語』や『太平記』の解説者としても出演する。チェリストの新井みつこさんは、東京藝大を卒業後、クラシックからスタートし、現在は現代音楽や歌謡曲、そして安田さんが舞う能との共演。お二方とも多方面でご活躍される方々だ。

特別公演『夢十夜』(原作 夏目漱石)イベントレポート

今回の公演ではトークとパフォーマンスが交互に展開され、能の基礎知識や能面の説明、なぜ今回の公演では夏目漱石作品が題材となったのか、演目の解説など、軽妙で多才な知識に基づいた安田さんのトークにより、私たちはどんどん能への興味が掻き立てられていった。安田さんによれば、夏目漱石は下掛宝生流の謡を習っており、彼の文学作品の中には能のエッセンスが織り込まれており、能として舞うことができるそうだ。

 

パフォーマンスでは、漱石の『夢十夜』から第一夜と第三夜。そして特別に『我輩は猫である』から雑煮の部分と、新井さんによるチェロの名曲『白鳥』の演奏まで。内容の濃い公演だった。

特別公演『夢十夜』(原作 夏目漱石)イベントレポート

謡は古典ではなく現代語であり聞く側にも抵抗なく受け入れることができた。安田さんの所作や舞は、次第に物語の登場人物のそれに見えてくる。新井さんのチェロの艶やかな調べは、『夢十夜』では幻想的に、『吾輩は猫である』ではコミカルに、観劇する私たちに寄り添ってくれる。物語の世界観にどんどん引き込まれていった。

 

来場者の多くが能の鑑賞は初めてだったが、安田さん、新井さんのパフォーマンスやトークにより、能への苦手意識は払拭され、お二人にすっかり魅了されて充実した120分間となった。

 

地方都市ではなかなか本格的な伝統芸能に触れる機会が少ないが、こういった入門編のイベントが開催されたことで、次に繋がる良いきっかけになったと思う。

———————————–

*寺子屋…周南市ではアトリエ杏主催により、洞庭山原江寺で開催されている。今回は翌日10月2日に論語や平家物語、太平記など古典の朗読や安田登さんによる解説など授業形式で開催された。

**安田登著『三流のすすめ』(2021年 ミシマ社)では、三流=いろいろなことができる人。と、氏は多流を勧める。三流とは、一人一人の可能性を最大限に大切にする生き方だと。

参考:https://mishimasha.com/books/9784909394545/

カルチャー掘り起こし とくにもやまにも