「僕は仏教のことをもっと知りたいんだ。ニルヴァーナ(涅槃)はどうやって行けるんだい?」
ある日、イギリス人の友人から唐突に送られてきたこのメッセージ。思わず二度見してしまったのは、仏教のイメージというか宗教的なイメージがまったくない彼の、真っ直ぐで純粋な言葉に強烈な一撃を食らったといいましょうか。えっ、なになに、キミは悟りを開きたいんかい?
わたしとこの彼とは、東京・下町にあったゲストハウスのドミトリールームの2段ベッドの上と下とで、半年ほど寝泊まりしていた仲です。ひと目あったその日から恋に落ちることもなく、毎日毎日小学生のようなノリでふざけ合うばかり。みんなでカラオケにも行ったし、どら焼きを分けてくれたこともあったっけ。その当時は相手がどういう思想を持っているかすら話すこともなく、それぞれの道へ分かれて行ったのですけれども。
(なんとどら焼きをくれたときの写真が残っていた)
巷ではよく、相手と友好的な関係を保ちたいときは、宗教、政治、プロ野球の話はするなといいます。確かに、初対面の相手などに配慮する部分ではありますが、わたし個人としてはオープンに宗教の話が出来る相手のことは非常に心地よく感じます。同じ信仰を持とうが持つまいが、相手が大切にしている宗教を尊重できる人間でありたいと思うし、仏弟子としては興味を持ってくれるのが仏教ならウェルカム以外ないですからね。
「あなたが仏教に出遭ってくれるなんてわたしはとても嬉しく思うよ。いいかね、ニルヴァーナへはPASMO※で行けるんだ」※交通系ICカード
「それはどこで手に入るんだい」
「東京じゅうの駅にあってだな」
「…なんてこった」
涅槃。それは東京都内の交通網のように、その人の生き様に応じて、あらゆるルートで目指せるものなのではないでしょうか。とにかくPASMO(仏縁)を手に入れたら、あとは電車(諸神諸仏)に任せてごらん──とわたしが言いたかったかどうかはさておいて。
ようこそ仏の門へ。
『Way to Nirvana』(2016年カトマンズにて制作)