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001. ーソロ活の正義。

 

数年前までは早く起きて初日の出を拝むことがお正月の当たり前だったけれど、それももうしないままになりそうな大晦日の夜、それでも早起きしてみようかと思い直して私は、日の出時刻を調べてから布団に潜り込んだ。

無事に目覚めていつもより着込んで向かった川沿いはまだ薄暗い。
ピリリとした空気に吐く息は白く立ち昇り、赤い実をつけた野薔薇は空へ向かって伸び、その奥の草むらから姿を見せたジョウビタキのオレンジが綺麗だった。
あぁ、きっといい一年になる、そうしよう、と思った。

 

母のときもそうだったけれど父が亡くなったときも、明日の葬儀までにすることと葬儀が終わってからすることの一覧表が目の前に置かれ、その一つ一つを葬儀場の方がとても丁寧に説明してくださった。

 

だだっ広い部屋の、一番奥の片隅にポツリと置かれた父の棺。
それを背にして反対側の隅に会議テーブルが一つ、その周りには何枚もの座布団が並べられていて、その内の一枚に私もまたポツリと座り、渡された書類に淡々と目を通し補足事項を書き入れ、棺の隣にたった一枚布団を並べて眠り、気づけば戸籍には私の名前だけが残った。
私の帰る場所はもう、私自身のところのほかにないことを知って、ひどく寂しかった。

人生50年生きて今さら、まったく知らない世界へといきなりかつ思いっきり’ぽーーーーーい’と放り出され、「お前が決め、好きに生きよ」と言われてしまったのだ。

 

好きに生きさせてくれたことを嬉しがって我儘勝手に生き、
母とはろくに目を合わせることもなくただただ泣かせ続けたくせに、
「いつでも相談せぇよ」と言ってくれた父には何一つ相談しなかったくせに、
今となってはなんでもまず心の中にいる父や母に相談しようとする私だけれど、
それに反して二人は只々ニコニコ笑って私を見つめるばかり、返事をしてくれそうな気配は微塵もなく、致し方なく自身の行く先を自身で決めている次第。

 

せめてできることがあるとすれば、どこをどう切り取られたって「これが私ですよ」と言える私であることくらいなのだ。

 

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