山口県の遊園地と言えばかつては宇部ときわ公園だった。全国的に有名になったペリカンのカッタくんは園のアイドルだった。行楽時期には家族で弁当を持って遊びに行き、ときわ池でスワンボートに乗って白鳥を追いかけ、ジェットコースター(2012年に撤去)は古くて逆に怖かった。懐かしい思い出だが足も遠のいていた。
ここ数年宇部市に行く機会が増え、春風亭一之輔師匠の宇部での落語会やyoutubeでは、渋々ときわ公園に行く話がまくらで出てくる。知っていても毎回爆笑。
そんなときわ公園に、建築家 大高正人設計の建築があることを最近まで知らなかった。
大高正人(1923-2010)をご存知の方は中々の建築マニア。福島県に生まれ東京大学を卒業後、前川國男建築事務所を経て独立。坂出人口土地や広島市の基町再開発(市営基町高層アパート他)などが代表作。菊竹清訓や黒川紀章らと日本で最初の建築思想運動メタボリズム・グループを結成、日本建築学会賞や毎日芸術賞などの受賞、前回の大阪万博会場ゲートの設計(現存せず)や、氏による千葉県立美術館が重要文化財に今年指定されるなど、時代をリードした建築家のひとり。
その大高作品が公園の正面入口のゲート(大高が当初の園の改修整備の全体計画を手掛けたそうだ)。
県内の建築を紹介する媒体でもほとんど紹介されておらず、地元や関係者のみに知られる存在だったのだろう。宇部に作品が多い村野藤吾の影に隠れてしまったか。
1971年頃の竣工。来園者が通る部分に屋根を架け、その両脇にチケット売り場や休憩所、トイレなど最小限のボリュームを配置するコンパクトでシンプルな構成。
見どころはやはり大きな屋根。中央の四本の角柱で板状の屋根を持ち上げ、前後にダイナミックに跳ね出す。鉄筋コンクリート造だが、地垂木(じだるき)、飛檐垂木(ひえんだるき)と垂木を二重三重にして軒を大きく跳ね出させる日本の寺社建築のようにして、薄い平らな屋根が載る(大学時代、教授に「“飛檐垂木”もテストに出ま〜す。漢字が難しいから“檐”は平仮名でも丸にしま〜す。」と言われたことが印象深く、ただ“飛檐垂木”と書きたかっただけ。ご容赦を)。
丹下健三は香川県庁舎(1958)などで、鉄筋コンクリートに和風建築の意匠を取り入れた。ここでは意匠だけでなく構造形式としても援用したのかもしれない。
木造を模した繊細な造作とRCのディテールの組み合わせが面白いし、コンクリート打放しのツルッとしたテクスチャの屋根とは対照的に、両脇の四角いボリュームの壁面は凸凹したはつり仕上げ。小さな建築だが、ローコストで実現するために単一素材で造り、野暮ったくならないように、細かいディテールやテクスチャの工夫でメリハリをつけている。
屋根の四周はそこでスパッと切り落としたように、真っ直ぐ垂直に屋根の一部分を抜き出して、空中に留め置かれているような印象。そしてそのまま、鄙びた遊園地の片隅に50年以上置き忘れられたかのようにも。
見過ごされてしまいそうなポツンと存在する小品だが、改めて見ると味わい深いけんちく。