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ヒューマンスケールを超えたもの– 嗜好のけんちく〈10〉

時に私たちは工場、巨大な倉庫、土木構造物などを魅力的に感じることがある。その理由の一つに、私たちが普段生活する空間は「ヒューマンスケール」と言われる、人間の尺度を基準にした、人が快適に安心に使える適切な空間の規模やものの大きさを基準にして設計されるのが常だ。工場や倉庫などでは人間だけでなくそこで使われる巨大な機械や製造される製品に合わせて設計されるために、普段私たちが馴染みのあるスケール感やルールで設計された空間や構造物とは違ったスケール感のズレやそのボリューム感に、圧倒されたり、違和感を感じたり、そこを魅力的に感じるものと考えられる。

旧萩藩御船倉について書く。

この建物は萩市の歴史的な漁村の建物が多く残る浜崎重要伝統的建造物群保存地区の一角にあり、元々は藩主の御座船を格納していた。慶長13(1608)年に萩城築城後まもなく建てられたと言われる。往時には松本川に面して船が自由に出入りできる場所に4棟の船倉があり、そのうちの最も大きなものが現存していると言われており、明治以降の埋め立てにより現在は河岸から離れた場所になってしまった。屋根を葺いた旧藩時代の船倉としては国内唯一の遺構で、国の史跡に指定される。

つまり、江戸時代に作られた船の倉庫なのだ。海水や潮風に強い石垣で桁行26.9m(奥行き)、梁間8.8m(間口)、高さ6mの高い石の壁が作られ、その上に瓦葺きの屋根が載る。重厚で頑健な石垣の壁の上に、それに比して建物然とした瓦屋根が軽やかにぺろっと置いてあるような感じもとても印象的だ。藩主の御座船を格納するために作られた建物だから、当然大きな建物だし、細かいところはヒューマンスケールに合わすことよりも船の大きさや、船を安全に健全に保管することを第一義に作ってあるから、冒頭に触れたように、そのスケール感やモジュールの違いによる違和感みたいなものがあって、とても魅力的だ。

普段は内部が非公開だが、年に何度かはイベント等で公開されたり、入ることができる。写真は先日開催された街づくりイベントの開会セレモニーで上演された住吉神社お船謡(山口県指定無形文化財)の様子。この「お船謡」は毛利氏の御座船唄として、藩主が乗船するときや新造船が進水するとき、年頭に御船倉で代官が乗り初めの行事を催すときに演唱されたもので、藩政時代には一般人の「お船謡」の演唱は禁じられ「浜崎歌舸子」の家柄の者14人に世襲で受け継がれてきた。現在では浜崎町内で引き受けるようになり、浜崎町内の一般男子が口伝で今日まで伝承している。

多くの人が同席した会場で蒸し暑い日ではあったが、石垣の壁からの冷んやりとした輻射(冷)熱で涼しく過ごしやすい空間だった。見上げれば丸太の梁が架け渡され、細丸太の和小屋組と現しになった垂木や野地が奥までずらっと並ぶ光景は迫力があり壮観だった。山口に戻って以来、いつか中に入ってみたいと長年待ち望んでいたがようやく念願叶い、さらにお船謡まで見ることができてとても貴重な体験だった。

魅力的に思うスケール感、ボリューム感は時代に関係なく、魅力的に映る。

旧萩藩御船倉:

https://maps.app.goo.gl/FECzmVfbfrqDWqDD6

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